FC2ブログ
まいにちいきるこのせかいとにくたいにとらわれたこのじぶんはいったいなにもんなんじゃーというのをさがしていくひびをつづる

ミドリノスタチオ *midorinostatio blog

人生は・奇しくも・補完的 | main | 第57回岐阜大学教育学部 美術教育講座 卒業・大学院修了制作展
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
| スポンサー広告 | --:-- |
今日はヘンな日
なんだか、生きてる「感覚」がおかしな一日


肉体に精神が入っていて(在っても)も、どこか、その‘鎖’が曖昧な関係


身体が欲するものが、いつもとちがっている。同じ食べ物…であっても、どこかに感じる違和感


まるで、晴れて残ったままの水たまりに、生ぬるい炭酸飲料がどこかしら湧き出してきて、使い古した絵の具が混ざり合い、濁り、元の色にたどり着けなくなったときの、褪せた、淡い、鈍い空気みたいに


手に擦り傷を負っても、それが本当の自分の肉体なのかすら、もはや判断に悩む始末。痛みは、血となって流れ落ちてはいるのだが


あるいは、「記憶」が単純な‘情報’であるなどと思わなくとも、感じてしまうその不自然さ


「何」が、時間を一時停止させているのだろうか


紅色の水彩絵の具は、ガーゼという広くはないキャンバスに染まり込み、色褪せの手引きを示し始める頃合いをほんのりと感じさせる


肉体の感覚器官は物質的な代替えを媒介して、その現状をどこかに投げかけている。受け止める矢先が自己にとって無二の間柄なら、精神は不完全一致を排斥し、その呼びかけに間を入れず適合する


その「鍵」は、回るときと、動かないときがあるのかもしれない


どの色を寄せ集めても、「純粋な白」から徐々に遠ざかってしまうのなら、肉体から溢れるこの真紅の液体の奥行きは、手が届くほど浅いものではなく、意図しない瞬間の背後を流れる旋律すら簡単に内包しうる条件を備えることになってしまう
| 思ったこと感じたこと書きます | 21:30 | トラックバック:0コメント:0
コメント
コメントする














管理者にだけ表示を許可する

この記事のトラックバックURL
http://midorinostatio.blog33.fc2.com/tb.php/172-16723db8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバック
| ホーム |

プロフィール

少年

Author:少年
感激感動感謝感性!
・好きなこと山と川の冒険
・シルクスクリーンでTシャツをつくる
・分解と改造
・考えること
・手をうごかしてものを作ろう

最近の記事
ブログカテゴリー
LINK(あいうえお順)
最近のコメント
今月の記事作成日

11 | 2018/12 | 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

月別アーカイブ
過去の記事
ブログ内検索

メールフォーム

お名前:
メールアドレス:
タイトル:
本文:

ブロとも申請フォーム


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。